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〜おさむクリニック新聞から〜
  
13.特にありません
(おさむクリニック新聞2007年10月号より)

 彼のお腹には2度の手術の痕があった。2年半前にがんを切除した時の傷、翌年に転移巣を手術した時の傷である。その後、抗がん剤の治療も受けたが再燃し、自宅で療養する事になった。お腹も張ってしんどそうだったが、気分転換になるからと奥様の運転で受診された。「今、何かしたいことはありませんか?」残された寿命が限られている場合に、出来るだけその希望を叶えてあげたいと思い、ありきたりの質問だが、こんな事を聞くようにしている。「温泉に行きたい」「船に乗って釣りに行きたい」「酒を飲みたい」「仕事に行きたい」様々な答えが返ってくる。全ての希望に答える事はとうてい不可能だが、それでも、それを目標に頑張ろうという目的が出来て、闘病生活にちょっとした張りが出来たりすることもある。
 だから、「特にありません」という彼の答えはちょっと意外だった。2回通院された後、訪問診療に伺った。彼の部屋、壁一面に写真が掛けてあった。奥様と二人で日本中、ひょっとすると世界中を旅された時の写真だ。多くは山登りの写真だったように思う。笑顔で写真に写る二人をみて、「特にありません」の意味が少しわかったような気がした。真面目な彼は、全力で多分手抜きの一つもせず仕事をしてきたに違いない。そして、退職後は奥様と趣味の旅行をこころおきなく楽しんでいたのだと思う。突然の病にも動ずる事もなく全力で闘った彼に、私の勝手な推測だが、きっとやり残したことはそれほど多くはなかったのだろう。こんな話をもっと色々聞きたかったが、4日後に様態が急変し彼は亡くなった。
 もし、自分が同じ立場に置かれたらどうだろう。きっと、あれもしたいこれもしたいと大騒ぎをして、それが出来ない自分の運命を呪うに違いない。最期の時に、その人の人生を垣間見る。彼のように答えられるために、毎日毎日を大切に、悔いの無いように生きてゆかなければならないと思う。


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