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〜おさむクリニック新聞から〜
  
7.Kさんチーム
(おさむクリニック新聞2003年5月号より)

タイミングよく、15機すべての信号が青でも少し道が混むと25分。夜中に裏道を軽四 のアクセルを床いっぱいに踏み込んでがんばっても15分。開業以来、細々と訪問診療 を続けてきたが、Kさんの家が最も遠方だった。何年か前の1月、Kさんが始めてクリ ニックを受診されたときも、自分で車を運転して受診できなくなってきたときも、そ してこの度も、近くの先生をお勧めしたが、縁あって結局最期までお付き合いさせて いただくことになった。Kさんは、ご主人を亡くしてからは一人暮らしだったけれ ど、 働き者で、負けず嫌いで頑張り家だったことは、その節くれだった指を見ただけです ぐに分かる。しかし、重い肺の病気を患っていたために、血液中の酸素濃度が低く、 このため爪は盛り上がり、その色も決して良いものではなかった。若い頃から木工所 で仕事をしていたKさんは、「今でも障子張りはうまいで、先生には負けりゃあせん よ」と笑顔で話してくれた。

暫くの間、Kさんは入院して治療を受けていたが、自宅での生活を希望され、ちょう ど桜が若葉の頃に退院することになった。退院前に、ケアマネージャー・家族と打ち 合わせを行ない、配食サービス、近くの訪問看護ステーションから訪問看護、少し遠 くのヘルパーステーションからヘルパーサービスを受けることになり、息子さんが、 自宅の改修を自らの手で行い、万全の体制での退院となった。しかし、病気が進行し て体の自由が利かない状態での一人暮らしは、想像をはるかに超えて大変なことだ。 最初のうちは、我々もご家族もこの大変な状況を十分に理解することができず、また サービス側も家族間の連携もどことなくぎこちなさを感じるものだった。何とかポー タブルトイレまで歩いて行っていたKさんも、だんだんしんどくなって、ポータブル トイレへ移ることも困難な状況となった。自分のこととして想像してみてほしい。呼 吸が苦しい中で食事を摂り、薬を飲んで歯を磨き、服を着がえて、トイレに行き、体 を洗い・・・、夜も一人ぼっちだ。つらいことだと思う。


色々なことがありましたねKさん。

突然酸素が止まって、息苦しくなった時、動けないKさんは、冷静な判断でお嫁さん を呼び、チューブの接続をたどってもらうことで、酸素チューブの根元が機械から抜 けていることを突き止めましたね。夏には肺炎を克服し、夏から秋にかけては遠方か ら訪問入浴サービスに来てもらいましたね。病状を考えると、少し不安でしたが、気 持ちよさそうなKさんを見て娘さんもとてもうれしかったそうですよ。そうそう、 色々と困らせてもくれましたよね。酸素を増やす必要があるのに、増やしたくないと いって酸素が低いまま頑張りましたね。薬のメーカーを変えたところ、効きが悪いか ら前の薬に戻してほしいと希望され、結局もとの薬をKさんのためだけに取り寄せま したよ。粉薬も昼だけ量を少し減らしたりしましたね。それにしても、細かい観察力 と几帳面な性格には感服させられました。また、遠まわしながら我々の至らない部分 を的確にシビアに指摘・評価してくださり(結構言いたいことを言っていましたよね) ほんとに、色々と勉強させていただきました。

冬になり、再び肺炎を併発、連日の訪問看護が必要になり、夜眠れない日が続きまし たね。この頃、順番に泊まってくれていた家族は、夜眠らせてくれないのでみんな閉 口していましたよ。それぞれに仕事や家庭がある中を、毎日毎日泊まってくれたご家 族の皆様、ほんとにお疲れ様でした。残されたわずかな時間を、少しでも長く家族と 共有したくて、話しておきたいことがたくさんあって、夜通しずっと話をしていたん ですよね。睡眠時の酸素は、生命を維持するために必要な値をはるかに下回るように なってきており、こんな状況での肺炎は、正直なところ回復困難と判断して、実はお 正月休みも自宅で待機していたんですよ。

この肺炎も見事に乗り切ったKさんですが、さすがに年が明けた頃から、「プロポリ スのビンに土を入れてくれ」などといった、少し意味不明の発言も出てきましたね。 でもみんながそれを受け止めて、それぞれのやり方で、精一杯にKさんを支えてくれ ました。ある日久しぶりに訪れた親戚の方に、Kさんが不満を言ったものだから、真 に受けたその方がお嫁さんに小言をいったそうです。いつもニコニコ顔で穏やかなお 嫁さんが、顔を真っ赤にして憤懣遣る方ない表情で私に怒りを発散したときに、彼女 が深い愛情を持ってKさんを支えていることが良く理解できました。そういえば、真 夜中に「つらいからすぐに来てほしい」と緊急電話で看護師を呼びましたね。大変だ !と大慌てに駆けつけたのに、「腹が減ってつらいのでそうめんを食べさせてほし い」とは・・・。でも、ぺろりと平らげて「ああおいしかった、満足満足、ありがと う」と、入れ歯をはずしたくしゃくしゃのあの最高の笑顔で手を合わされると、「い いんよKさん、またいつでも呼んでね」と思わず答えてしまったそうです。こんなKさ んをみんな大好きで、Kさんを支えるという共通の目的でみんながひとつにまとまっ てゆきました。最初は看護師やヘルパーさんの仕事を遠巻きで眺めていた感のあった ご家族も、いつの間にか、輪の中心になっていましたよね。梅の花が咲く頃、再び肺 炎を起こし、この危機は訪問看護師による根性の点滴によって、何とか乗り越えたも のの、桜が咲く頃に入院となり、桜が満開の頃についに力尽きてしまいましたね。

Kさんは、私たちに多くのものを残してくれましたね。それは、看護師やヘルパーや 家族や私によって日々の記録が詳細に綴られた4冊の申し送りノートだけではなく、 目に見えない財産として私たちの心に深く刻まれましたよ。我々もご家族もKさんと 過ごしたこの1年をきっと忘れることはないでしょう。さようなら、ありがとうござ いましたKさん。



病院での医療も、私たちがクリニックで行っている医療も、とうてい一人で出来るも のではなく、良好なチームワークの上に成り立つ。そして、この度在宅でKさんを支 えたのもりっぱなチーム医療だと私は考えている。このチームは5人の訪問看護師、3 人のヘルパー、ケアマネージャー、直接かかわった3人の子供たちとお嫁さんに間接 的に支えてくれたそれぞれの家族、訪問入浴でお世話になった訪問看護師、酸素業 者、宅配業者、私が高熱で訪問できなかったときに代理を務めてくれた我がクリニッ クの二人・・・。単純に計算しても20名以上が関わっている事になる。それぞれがお 互いの顔をすべて知っているわけではないのに、家族を中心に同じ目的を持つものと して、気持ちがつながっているから不思議だ。私は勝手にKさんチームと呼んでいる が、チームの何人かはKさんを通じて、在宅医療の深みにはまってしまったようだ し、私もまたこのチームで仕事をしてみたいと思っている。

こんなすばらしいチームに出会えることも、在宅医療の醍醐味かもしれない。


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